*
宿

猫は寝心地の良い場所を自ずと見つけてそこで眠ると聞いたコトがある。
常々雲雀は猫っぽいよなぁと思っていたディーノは、それじゃあと今の現状を考え直してみる。ディーノの傍らには当然のように雲雀がいるのだ。
イタリアにふらりと現れた雲雀に宿として自分の屋敷へと通したのは、他でもないディーノ自身だった。
断られるかとも思っていたが雲雀はあっさりとついてきた。
日本で家庭教師をしていた頃に修行としてあちこち連れ回したのが功を成したのかもしれない。初めの頃こそ物凄く嫌そうだったのが、時を重ねるにつれ次第についてくるのが普通になっていった道程。
そうして今では何でかディーノのベッドで寝転んでいる雲雀がいたりする。
一応雲雀用の部屋も用意してはいたのだが不用だったようだ。
ちょいちょい、と。前髪を指で玩んでいると、眉を顰めながら雲雀が目を覚ました。
「よぉ、起きたか。おはよう。」
「…………何してるの。」
「手触りがよくてつい。」
ディーノがへらりと笑うとお返しとばかりに雲雀がぺちりとディーノの手を叩き落とす。
当然と言うか、とても不機嫌そうだ。寝ているところを邪魔されるのがそういえば嫌いだと言っていた。
「いや、俺も別に、お前が勝手に寝てる分には構わないんだけどな。」
「だったら起こさないでよ。」
「だったらその手を離せって。」
雲雀の髪を弄くっていた手とは逆の手を。
ディーノの手を叩き落とした手とは逆の手で。
「………何で。」
「何でって…と、トイレ?」
そろそろ起きてもいい時間帯というのもあるのだが、現実問題というものがディーノにこっそり降りかかっている。即座に行かなければまずいというわけではないけれどこのままって言うのもあれだ。
「…それならそうと早く言いなよ。」
何か意地悪をされるかと思えばあっさりとお許しが出た。
と、思っていたのだが。
「…うん、いや、だからな?」
「世話が焼けるね。」
くわぁ、と。小さく欠伸をした雲雀が起き上がる。
当然のように手は握られたまま。
「恭弥、さん…?」
「何、キモチワルイよそれ。」
「いや、そうじゃなくてな、だからお前、」
「早く行くよ。」
「いやいやいやいや!」
めいっぱい反論しようとしているディーノを雲雀は許さない。
それどころか振りほどこうとするディーノを引き摺るようにして連行しようとしている。
「だから俺はトイレにな!」
「1回言われればわかるよ。」
しれっと答える雲雀は全く動じる様子も無い。




結果、朝から何だか疲れてしまった。
と言うか朝から何か羞恥プレイと言うかちょっとした公開プレイと言うかを強制させられた感じだ。
「朝から…。」
「夜なら問題ないの。」
勿論そういう問題ではない。
洗面台で自分の手と共に何故かディーノの手も一緒に洗っていた雲雀が『別にどうでもいいじゃない』と蛇口を閉める。
どうでもよくないと思う自分が間違っているのだろうかこれは。ディーノは思考の迷子に陥りそうになる。
タオルでこれまた自分の手とディーノの手を拭いた雲雀が、またぐいぐいと引き摺るように寝室へと連れ込もうとしているのを拒絶する気力もない。朝なのに。
雲雀恭弥という人物は本当に底が知れないと言うか何と言うか。
「猫…なぁ。」
気まぐれさを考えるとやっぱり猫っぽいと言えるだろうか。
「猫は他のヤツをトイレに連れ込んだりしねぇか。」
人間でも滅多にない。
「何の話?」
「恭弥が猫っぽいって話。」
「……ふぅん?」
さして面白くもなさそうな雲雀が、ぐい、とディーノの手を引っ張った。
声を上げるより先に柔らかな感触に受け止められる。気づけば寝台の上だった。
「じゃあアナタはウサギかな。」
「……うさぎって……あー、寂しがり屋でひとりじゃ生きられない、だっけ?」
部下がいないとダメダメな自分を揶揄しているのだろう。
そう思って苦笑するディーノに雲雀は答えず目を伏せた。
綺麗な目元に睫の影が落ちる。
「恭弥?」
「………そう。アナタ、僕がいないと、ダメだものね。」
「だな。誰かいねぇとダメだな。」
「僕がいないと。」
倒れこんでいたディーノに被さるようにして雲雀が身を倒してくる。
首筋に擦り寄るようにして唇が触れた。
「アナタの傍は寝心地が良いよ。」
「やっぱり猫だ。」
ディーノは鮮やかに笑ったが、雲雀はどうしてか浮かない顔をしているばかりだった。




「うさぎって、本当は寂しがり屋でも何でもないんだって。誰かにいてもらわないと生きていけないなんてコト、無いんだって。……アナタは、誰かがいないとダメな人だけれど、ひとりでも生きていける人だ。」
ディーノに飼い慣らされてしまった自覚のある雲雀は首元を何かに締め付けられるような苦しみを堪えた顔で寝息を立てるディーノを見下ろす。手は離さないまま。
「………一度、飼い慣らされた猫は、」
その後の言葉を飲み込むようにしてディーノの唇に唇を重ねる。
雲雀はいつでもディーノの傍にいたかったが、そうなってしまったら雲雀は雲雀として生きてはいけないコトを知っている。だからディーノの傍らを住処には出来ない。
苦しい。
誰よりも深く潜り込んでもきっと、ずっと寄り添うコトは出来ないのだろう。
「猫はひとりで死んでいくんだよ。」
誰の目にも届かないような場所で。
「―――…ひとりで、」
何も怖くなかったあの頃に戻りたいと思うのに、それでももうディーノのいない世界には興味など持てそうに無い。飼い慣らされてしまった。
「ひどいひと。本当に。」
握った手に爪を立てる。
せめて自分だけの宿でいてほしい。雲雀はそう願いながら爪痕のついた手を優しく舐める。



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早く気づけば良いのに


「ねぇ、」
いつだって雲雀はそうやってディーノを呼ぶ。
名前はおろか、『先生』とすら言われたことも無い。だからいつでもディーノは眉を顰める。
当然雲雀にもそんなコトはわかっているに違いない(だって表情を隠してなんかいないのだから)
それなのに素知らぬ顔をしていつだって『ねぇ』とか場合によっては『ちょっと』だとか。
元来人との接触を好んでいるディーノにとってそういった他人行儀な態度は寂しすぎる。それが自分にとって初めての生徒であれば尚更。
「…なぁ、恭弥、」
「後にして。」
僕が先に声をかけたんだから。
そう言ってディーノの言葉を塞ぐと、アナタお昼食べてきたの、と。ソファに座りながら尋ねてくる。…ああ『アナタ』ってのもあったな。何にせよ寂しいコトには違いない。
「…食べてきてねぇけど、それよりも、なぁ、」
「そ。作りすぎちゃったからちょうど良かった。」
ディーノのコトなど相変わらず置き去りにして、雲雀はとっとと応接室のテーブルの上に置いてあった包みを解いている。しゅるりと綺麗な布の中から現れたのは黒塗りのお重だった。
「お腹すいてるでしょ。」
蓋を開けて重ねてある箱を広げていく。
見る人から見れば(と言うかディーノ以外の人が見れば)非常に甲斐甲斐しい様子である、が、如何せんディーノ自身はそれどころではなかった。むしろ『お前の中の俺って、この扱いって』と項垂れている始末だ。
「早く座りなよ。」
カタン、と。小さく音を立ててテーブル――ディーノの座るであろう位置の前の――に、スプーンの先が割れている…所謂先割れスプーンが置かれた。それに対して雲雀は自分の前に箸を置いている。
「…おま、これ、」
「アナタお箸なんて使えないでしょう。」
「使えるに決まってるだろ!」
憤慨するディーノに雲雀は呆れた目線をくれるばかりだ。
「――…手に持てるからって、それを使えるとは言わないんだよ。」
幼子のワガママを前に心底呆れている、というような表情だ。ディーノは泣きたくなる。
「お前なぁ…俺を何だと思ってんだ。」
「世話の焼ける図体だけはでかい大人。」
「んなっ…!」
「ああ。手のかかる、でもいいけど。」
どうでもいいから早く座って。
おしぼりを手渡しながら急かしてくる。…実際腹が減っているのに間違いは無かった。
ディーノは渋々と大人しく雲雀の隣に座る。
「…俺、お前の先生なのに。」
「――…『なのに』、何?」
「もうちっとこう敬うとか、せめて『先生』って呼ぶとかさぁ…。」
「……。」
雲雀は何故か小さく溜息を吐いた。
何だ?と目を向けても、何でもないと手を拭いている。
「何だよそれ、気になるじゃねーか。」
「………アナタはもっと、人の気持ちを汲み取るべきだ。」
それはこっちの台詞だ、と言おうとするディーノを知ってか知らずか、雲雀は一向に手を拭こうとしないディーノの手を取り、当たり前のように拭き始める。
「世話が焼ける。」
「…って!じ、自分で出来、」
「そう?」
とっとと終わらせた雲雀はお絞りをディーノから取り上げてテーブルの上に置く。
そうして箸に手をやる…かと思いきや、ディーノのほうをじぃっと見つめてきた。
「…何だよ…?」
「食べないの。」
「―――…た、べる…けど。」
前述したように腹をすかしてるのは本当なのだ。
でも何と言うか、このまま食べ始めるのも先生としての面目が潰れたままじゃないかとか、俺はお前の子供か何かかとか、そういうディーノ自身でも如何ともしがたい小さい葛藤があった、わけ、なのだが。
そんな風にディーノの行動をじっと見守るようにされると。
先に食べるわけでもなく、あくまでディーノを待っている、というスタンスを取られると。
(…絆される。)
面目だの扱いだのどうでもよくなってしまうではないか。
作りすぎたと言っていたからついでなのだろうけれども、食事を用意していてくれたのは純粋に嬉しいわけだし。
「…あんがとな。」
「…………別に。」
「いただきます。」
キチンと手を合わせてそう言って、用意されていた先割れスプーンを手に持つ。何だか非常にやりきれない部分もあるがこの際スルーするコトに決める。
その様子を見守っていた雲雀も、ディーノが料理に(ボロボロと落としながらも)口をつけて『ん、うまい!』と顔を綻ばせたのを見て、そっと自分の箸を取った。


「ごちそうさま!」
ああうまかった!と笑みを刻まれれば悪い気はしない。
例え口の端に(雲雀が取ってやってるそばから何度も)食べかすをつけていようが、テーブルの上にボロボロと零していようが。
そもそもそんなコト予測の上だったのだし。
(手のかかる人だ。)
とりあえず青年の膝の辺りに落ちている食べかすを取ってやる。ちょうどディーノはお茶を飲んでいたため、雲雀がそこに触れたくらいしか感じ取れなかったらしい。
「ん?」
「…何でもないよ。」
別に、恩を売りたいわけではない。
ディーノは雲雀に、お前は俺を何だと思ってるんだとか、色々と文句があるようだが雲雀に言わせてみればアナタこそ、である。
と言うか、本当にどうしてわからないのかというレベルだろうこれは。
どう捉えてもあからさまじゃない。
そう雲雀は思うのだが、ディーノは思っていた以上のそのまた上の更に斜め上をひた走ってくれていて、雲雀の気持ちに気づく兆候すら無いのは勿論、挙句の果てには馬鹿にしてるだの子供扱いしてるだの、勝手に葛藤して勝手に不満を抱いている。
敬えだの先生と呼べだの。お門違いにも程がある。
(敬う、なんて、出来ない程アナタが欲しいんだよ。)
雲雀の観点から言えば、距離のある表現だ。敬うとか尊敬だとか。
それよりも近くにいたいし、触れていたい。
先生と呼ぶくらいはしてやってもいいけれど(それでアナタが手に入るのなら)
雲雀は雲雀のどんな小さな呼びかけにでもディーノが反応してくれるのが好きだった。
たった一言『ねぇ』だけでも、周りに誰がいようともディーノは無意識に自分に向けられているのか他人に向けられているのか判断してくれる。
だから十分ではないか。雲雀はそう思っている。
「……口の端についてる。」
「え、マジか。」
ディーノが口の周りを擦る前に素早く取って自分の口に放ってしまう。
今日だけでも何度もしたコトだ。こんなベタすぎるコトをしてもディーノは何一つ気づかないのだからたまったものじゃない。
(早く気づけば良いのに。)
あんがとな、などと。さっきまで文句ばかりだったのが嘘のように緩い笑みを浮かべている青年を見つめながら、雲雀は小さく溜息を吐いた。



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※夢魔パラレル

天の邪鬼


夢魔というものは人間の精を糧に生きている存在である。
確かにその通りで、実際うまいことありつけなくて干からびてしまった同士もいたそうな。いたそうな、と言うコトはつまり人伝に聞いただけなわけで。
「つまり昔の話ってコトだ」
うんうん。勝手な納得をしながら神妙に頷いているディーノに思いきり溜息を吐いたリボーンは、パカーン!と近くに(何故か)あったハリセンで手加減無く叩いてやる。
「いってーーーー!!」
「アホか、だからへなちょこって言われるんだお前は」
「今は滅多に言われてねぇよ!」
時々言われてるコトは否定しない辺りが何とも…それはさて置き、
「今までは俺がちょこちょこ分けてやってたからどうにかなってたのわかってんのか?」
「……いや、でも、ホラ…」
もじもじと小さく身じろいで頬を赤らめている様は悪くは無いとこっそり思いつつ、それもさて置き、
「ディーノ。お前もそんなんでも一応それなりにいっちょ前だって自覚しろ」
「そんなんでもて」
反発するディーノの言い分など元より聞く気の無いリボーンは、今度はハリセンでなく自前の拳銃で一発。
「っぎゃ!あぶねっ!」
掠めた弾丸がディーノの髪を数本引き連れていった。
「死にてぇのか」
「………んなわけねぇだろ…」
「だったらいい加減割り切れ」
「………」
ディーノは夢魔にしては珍しく、性に晩熟と言うかどうにも変に固いトコロがあった。
愛が全てと言うわけではないがでも相手の精を自分のためだけに絞り取るという行為がどうにも受け入れがたいのだ。…快楽がお返しでプレゼント、と。同士は口を揃えて言うが、それも何だかな、と。ディーノは思う。
小さく項垂れるディーノにひとつ、リボーンは決して小さくはない溜息を吐くとつむじの辺りに唇を落としてやった。ご機嫌取りと言うにはあまりにも淡白ではあったが、しかし何やかんやでこの元家庭教師に懐いているディーノは俯かせていた顔をそっと上げる。
「ひとりでちゃんと役目を果たせばもう、お前をへなちょこなんて言うヤツはいなくなるんだ」
遠回しにそれ以外はもう言うコトはないと語っているリボーンにディーノは反論が出来ない。ディーノ自身わかってはいるのだ。幾ら綺麗事を並べても所詮それが性(さが)で自分がそういう生き物だというコトを。
「……わかってる、けど」
「そうか、なら早速行って来い」
「いやちょっとそれはさすがにいきなりすぎ、」
「ターゲットは雲雀恭弥だ」
「いやいやいやいや」
「反論出来る立場じゃねぇだろ」
「いやだって難易度高すぎるだろさすがに!」
「ガツンと決めてガツンと周りに一人前だって知らしめてやれ」
無理だって!と喚くディーノに再びリボーンの拳銃が唸った。



そんなわけで早速追い出されて早速途方に暮れているディーノだった。
場所は並盛中応接室前。
件の雲雀恭弥の出現率が極めて高い場所の前である。
ノックをしようとして逡巡し、意を決したと思えばまた悶絶。その繰り返し。不幸中の幸いと言うべきか、周りには生徒の気配も教師の気配も無いコトだった。いっそあって欲しかったとディーノは思う。
(そうすりゃそれを理由に先延ばしに出来る…)
だがそれも、結局何にもなりはしないコトもわかっていた。ぐるぐると思考の迷路の中に佇む。
(ってか何でよりによって恭弥なんだ…)
嫌というわけではなく寧ろその逆で、ディーノの中で気に入っている人物のひとりであったから。
雲雀はディーノのただひとりの生徒である。
諸々の事情でリボーンに要請されての家庭教師ではあるが、初めての生徒というコト。末恐ろしい力を持っているというコト。戦闘狂で喧嘩っ早いがその実、変に聞き分けが良かったり、とてもとても綺麗なカタチをしているというコト。
雲雀はディーノのただひとりの生徒であり、お気に入りの生徒でもあった。
それが、
(こんなコトになるなんてな…)
うー、と。無機質なドアを睨めど当然何の反応も返ってくるはずも無く。
中からは雲雀の気配がしっかり感じ取れている。間違いなく中にいる。普段だったらそりゃもう嫌がられようが嬉々として入室しているところだ。…そう、そもそも好かれていない自覚はちゃんとある。
『アナタなんか嫌いだよ』
非常に耳に馴染んだ言葉だ。
群れるコトを嫌う雲雀はディーノのように誰かと共にいてこそ力を発揮する相手など不快で堪らないのだろう。勿論それ以外の理由もあるのだろうが、兎にも角にもどう見ても好意的ではない。
そんなわけでさすがに今日ばかりはどうにもやはり踏みとどまってしまう。
と言うか、ここまでうだうだやってても全く中から反応が無いのを考えると、中でお昼寝中か知っての上で無視してるのかどちらかだろうと検討をつける。…前者なら正直、少しだけ都合が良い。雲雀には申し訳ないが一時の夢と思ってもらえる、だろう。夢魔とは元来そういうものだ。
(…すまん、恭弥)
偽善的な謝罪だ。そう自覚しながらも思わずにはいられない。
そっと目を閉じて小さく息を吐き、意を決してドアを開いた。




そんなわけで入室を果たしたディーノであったが、
「何してるの、アナタ」
予測通り(そして願い通り)ソファで眠りこけていた雲雀に音を立てないように近づいて圧し掛かり、今にも口付けようとしていたその時だった。
黒曜石を思わせる黒く透明で美しい瞳が何の前触れもなくディーノを見つめ返したのだ。
うわぁ、と。内心思いつつも冷静を装う。無駄口を叩いてヘマをしないように。
夢魔は相手に『自分とそういうコトをいたしたくて堪らない』と思わせるために、相手にそういうコトをいたしたい理想の姿形を知覚させる。幻覚といった類のものだ。それこそ呼吸のように、まばたきのように、意識せずとも勝手に出来る。
つまり今、雲雀には彼の理想の人の姿を見つめているはずなのだ。話しかけて来たというコトは誰かしら見えているのだろう。下世話ながらさすがに気になる。
だって、あの雲雀が。
(そういうの無頓着と思ってたけどそうでもないんだなぁ)
しみじみといった風情で目を細めていると、
「ねぇ、何してるのかって聞いてるんだけど。聞こえないの」
いやそりゃもうそういうコトなんだけど。とは、さすがには言えない。
とりあえず、するり。その手触りの良い髪を撫で上げてみる。
それに少しばかり目を細めた雲雀が小さく息を吐く。甘くて…熱い。そういうコトには敏感な種族であったから、雲雀が決して嫌がっていないのがわかった。
お前にも性欲ってのあったんだなぁ。
失礼ながらそう思ってしまうほどにはそういうコトに無縁そうな少年であったから。
そんな感じである意味吹っ切れていたディーノに雲雀は、
「なぁにアナタ、誘ってるの。――…大胆だね…せんせ?」
(せんせいって…ませてんなぁ。年上が好きなのか)
納得できるような何なような。
しかし楽観的にしていられたのもここまで。大人しくソファに押し込められていた雲雀が、
「ちょうどアナタの身体を嘗め回してあげたいって思ってたところだし」
ちょうど良かった。
そう言って嗜虐的な笑みを浮かべた雲雀がディーノの首に腕を絡ませ、首筋にちゅう。
…ちょうど刺青の上だった。ちくりとした痛みに何かとんでもないコトが起こってる気がしてディーノは慌てる。
いや、偶然だろうけれども。そう思うディーノを否定するように、左腕に、その手の甲に…片方の手は脇腹の辺りのタトゥーを撫で上げている。いや、偶然、だろうけれど、も。
しかしそれを否定するかのように雲雀はここに来て思いきりぶちかましてくれる。
「下の方の刺青はどうなってるのかな」
なんて。イタズラに口角を上げるものだから。
…まさか。
「……きょ、や」
「うん」
「えぇっと…あの、さ」
「もう我慢したくないんだけど。あとでいい?」
「…いや大事なコトなんだ。今お前の目の前にいる俺は、その…誰だ…?」
「?おかしな人。何ソレ、名前で呼んで欲しいってコト?」
うんともいいえとも言えないディーノをどう捉えたのか。
雲雀はディーノの耳元にその綺麗な唇を寄せると、
「『ディーノ』…?」
甘く囁かれる己の名前にディーノの方が一時の夢を見ている心地になる。
何かおかしな感じだね、せんせ。なんて。
お前、だって、俺のコトなんか嫌いって言ってたじゃないか。
「………………好きだよ。」

今更そんな風に内緒話をするように囁かれても。



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シアワセの話


「今日はエイプリル・フールだな。」
そう言いながらニコニコとご機嫌に近づいてくる蜂蜜色の大人に溜息を禁じえない。
アナタ、嘘が吐きたいなら、言う前にそんな宣言しちゃダメじゃない。
それでも雲雀は先を塞ぐコトなくディーノを注視している。出来るだけ視界に留めて置きたいので。
「俺、実は15歳なんだぜ!」
「―――…そう。」
また微妙な、とは言わない。
何が微妙かと言えば嘘の内容もそうだしってゆうか何で15歳という的に絞ったのかとかまぁ何というか、色々。
実際ディーノはブレザーでも着込めば学生くらいには見える(とりあえず雲雀の頭の中でシミュレートしてみた結果は)…ので、驚くような嘘ではない。いっそのコト、女子の制服でも着て『俺、実は女だったんだ』くらいすればさすがの雲雀でも驚いたかもしれないのに。
…そこまで考えてからいよいよもって引き返せないところにまで来てると再認識。
少しだけ考えないでもなかったコトだ。アナタが例えば異性であったとして…ああ別に逆でも構わないのだけれど。
最近よくディーノのコトを考えている。
酷い時はディーノのコトしか考えられないくらいに。
それ程雲雀の中枢を侵し続けている…4月1日というだけではしゃぐ子供のような、大人。
「何だよその反応〜。」
「返事をしただけでも充分でしょ。」
冷たく返せば唇を尖らせて拗ねている。
その桜色の薄い唇は雲雀のお気に入りだった。外で8分咲きを迎えている桜など目ではない。そう思う程に。もっと言えばその蜂蜜色の髪だって、飴色の瞳だって。白い肌だって。
筋っぽい首筋だったり、長くて傷だらけの指だったり。
ディーノは雲雀の好きなモノで出来ている。…いや、その逆なのだろうか。
最近ディーノのコトばかり考えている。
ディーノを見ていた視線をふっと下ろす。応接室のソファの上の自らの左手。その中指には雲の形が掘られた指輪が嵌められている。ディーノが嵌めたものだ。
雲雀がどうしても拒絶して、それでも引き下がらないディーノに言った。
『――――アナタの手で。』
本当はその隣の指が良かったなんて、そんなコトを雲雀が考えている事実をディーノは絶対に知らないだろう。当然のように中指に嵌めたディーノには絶対に。
隣に。
今のディーノと雲雀みたいなものかもしれない。
触れる程に近いのに決定的な差が、距離が。
視線を戻せば窓の外をぼんやりと眺めているディーノがいた。憧憬のようなものがその瞳にある。ああ、アナタはまた何か、遠いコトを考えている。
こんなに近いのに。
今誰よりも近くに僕がいると言うのに。
中指と薬指のような。
いつでも触れられるのに結局は違う。違うのだ。
…ディーノのコトを、考えてばかりいる。
「…………好きだよ。」
言えばディーノの目が雲雀に向く。
キョトンと瞬いてるその瞳が密やかに雲雀を犯して行ったのだろうか。
「アナタが。」
「え、」
「好きだよって。」
―――…例えば。
「…………好きだよ。」
そう例えばアナタが手に入ったとして、それで僕は満足なのだろうか。
手に入れてしまえば今度はアナタを失う恐怖に怯えたりアナタの目が他の何かを映すのが今以上に忌まわしくなったりアナタに嫌われぬように身動きが取れなくなったり、するのでは、ないだろうか。
隣にいるだけでも本当は、とても、幸運なコトなのではないだろうか。
(僕の中指はもしかしたらとてもとてもシアワセなのかもしれない。)
右手の親指で左手の中指を撫で上げた。
「………今日エイプリル・フールなんでしょう。」
嘘だよ。ビックリした?
…囁くようにそんな嘘を吐き出す。
ディーノはビックリしたと胸を押さえる。
雲雀は痛くて苦しくて胸を押さえた。

祈るように指輪を抱えながら、それでもやっぱり雲雀はディーノのコトを考えている。



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