20080204 HAPPY BIRTHDAY DINO ラヴ・ソング 「―――…あと2年。」 ディーノの髪を柔らかく梳きながら小さくひとりごちる雲雀に、ディーノは寝たフリを続けるしか出来ない。 2月4日。 キャバッローネの若きボス、ディーノの誕生日にあたる。 例年ならファミリー内で行われるバースデイ・パーティーだったが、今年はディーノには内密に彼の腹心であるロマーリオとディーノの弟弟子にしてボンゴレ十代目ボスの沢田綱吉を中心に計画された、ディーノからすればかなり大掛かりなドッキリパーティーであった。 驚きと、それ以上の喜び。 ディーノはいつだって自分がどれだけ幸せなのかを感じない日はない。 口々に言われる『おめでとう』のほぎごとに、ディーノは心からの『ありがとう』で返す。 少し涙ぐんでしまったのはご愛嬌だ。 ツナが計画の中心と言うコトもあって彼の守護者たちや縁のある者たちなど、ここしばらく多忙が続いていたコトもあって一同に介するのが久々のため、それもまた嬉しさに拍車をかけた。 それでも、 (……やっぱいるわけないよなぁ。) ここにいない元教え子に、苦笑ともつかない表情を浮かべるしかない。 元々そこまで気の長い人物ではないとわかっていたから覚悟はしていたのだ。 …そう、覚悟はしていた。 それでも、とても勝手な言い分だとわかってはいるが、この場にいないコトに寂しさを感じるのはディーノもあの孤高の少年に恋をしていたからだった。 別れの時が迫っていた。 「だーかーら、ダメだって!」 「何で。」 遠い昔……でもないのだが。それでもディーノからすれば随分と長いコト経っているような気がする程遠い記憶だ。己がまだあの少年と誰よりも傍にいて、笑ったり怒ったり。 たった数ヶ月の、雲雀と過ごした日々だ。 雲雀は子供扱いされるコトに鋭く反発してキレるくらいには子供だったし、ディーノもまた、そんな雲雀をひとつの角度からしか見れない程には大人になりきれていなかった。 「…何でって、あのな、お前まだ学生なんだぞ?中学生で、未成年。」 「それが何。」 「―――…こういうのは、まだ早いって言ってるんだ。」 ディーノが応接室のソファで眠りこけている隙に手を拘束し身動きを封じて、そうして今は服を剥いでいる途中だった雲雀が、眉間の皺を更に増やして『それはアナタが決めるコトじゃない』と語気を強めて言い放つ。言い放って、手を止めようとはしない。 雲雀は全く譲るつもりは無いというコトがその行動でわかる。 それでも、 「…ダメだ。恭弥。」 「アナタ、わかってる?言ってるコトが矛盾してる。…前にアナタが言っていたんだよ。自分が僕くらいの歳の時に、」 「それ、は、」 「自分のコト棚に上げて、大人ってずるいね。」 雲雀の苛立ちが口調とその言葉からひしひしと感じ取れる。 この少年の言っているコトは正しい。ディーノ自身が決してそのコトを正す権利など無いというコトを。 雲雀が以前からそういう目でこちらを見ていたコトには気づいていた。 雲雀もまた、気づかれているというコトに気づいていた。 そう、お互いに気づいていたのだ。だからディーノがのうのうとここで眠りこけていたコトがそもそもの間違い。それもわかってる。ディーノ自身、自分に非があるとわかってはいた。 こうなる前に雲雀の前から消えるべきだったのだ。 …それでも、 「――…人が折角ソフトな言い回しで言ってやってんのに、お前ときたら。」 「…何、それ。」 「はっきり言ってやろうか。お前と、そういうコトする気なんて、全く、無い。」 「………それが何。」 僅か、傷ついたような色が目に浮かんだのは気のせいだろうか。 ディーノとて自分で言っておきながら傷ついている。こんなコトこの少年に言いたくなどなかった。 「だから止めろって言ってる。」 「止めない。」 「…お前な、相手の同意がねぇってコトは、」 「そんなもの、アナタに最初から求めてなんか、無い。」 もう黙って。 小さく言葉を落とした雲雀がその名の通りの、まるで小鳥の触れるような柔らかくて優しい口づけをディーノに降らせた。 悲しいくらいに純潔。 雲雀自身が気づいていないだけで、彼はまさしく高貴で稀有な、美しい鳥だった。 どこへでも飛んでいけるのだ。本当は。彼が気づいていないだけで、本当は。 ディーノは、だから雲雀にはドロドロとした感情で振り回されていて欲しくないのだ。自分のコトでそんなに思いつめた目をしないで欲しい。 自由に飛び回る美しい存在でいて、欲しい。 「…ダメ、だ。」 それでも、ディーノはそんな雲雀と少しでも一緒にいたいと願ってしまった。 早く雲雀の前から姿を消すべきだったのに。 「………泣いてるの。」 …それは雲雀の方だ。 お前の目って結構わかりやすいんだぜ? ディーノは笑おうとして、結局失敗してしまった。 「……なぁ、恭弥。お前はさ、まだ世界を知らないんだ。」 「…関係ないよ。」 「関係ある。…知らないからお前、俺みたいなのに手ぇ出そうとするんだ。」 自分みたいなのと、という殊勝な考えではない。 ただ雲雀にはもっと自由な、広い世界へ、 「―――…アナタは鏡を見たコトがないのかな。」 「え?」 「…何でもない。」 小さく息を吐いて、そうして雲雀はディーノの拘束を綺麗に解いてくれた。 髪に隠されて俯きがちな顔からは表情が窺えない。 ディーノはゆっくりと身を起こした。 元々、雲雀は無抵抗な相手を拘束してまでどうこうする人種では無い。 差し迫った状況でもない限り。 ――…別れの時が迫っている。 ディーノがその時に向かっているのを、雲雀は薄々感づいていたのだろう。 「アナタはずるいね。いつだって僕が折れて、アナタは我を通してしまう。」 「お前な、お前こそ自分のコト棚に上げてるぞ?」 過去のあれこれを揶揄して言うが、しかし雲雀は珍しく反論もせずに『そうだね』と掠れた声を吐く。 ディーノはそれ以上は何も言わず、乱れた衣服を元に戻すコトに専念した。 時折小さく視線を感じたが敢えて指摘はしなかった。ゆったりと、息を吐く。 気づけば室内は夕暮れに染まっていた。 息を止めて見つめていたい。そういう美しさと静謐さがそこにある。まるで雲雀だ。 気づかれないように苦笑してソファに手を置いた。 …沈黙が苦しいとは思わない。雲雀の傍は心地よかった。直接は聞いたコト無かったが、きっと雲雀も少なからずそう思ってくれていたはずだ。 「アナタが欲しい。」 ひくり、と。反応してしまってから、失敗したと思った。 気づかないフリをしてしまえば良かったと。 しかしそんな考えすら許さないとでも言うように、するり。ディーノの手に雲雀がそっと、静かに手を重ねた。 「欲しい、よ。」 肩口に額を押し付けられる。 雲雀は、他に何と言ったらわからないとでも言うようにもう一度、欲しいと呟いた。 胸が痛い。 それでもディーノの答えはどうしても変わらない。 「お前にはもっと、俺なんか足元にも及ばねぇくらい、」 「…勝手だよ。アナタは。」 首筋に唇を寄せられる。…吐息が熱い。 「―――…ねぇ。」 聞き逃してしまいそうな程に小さい声だったが、ディーノにはしっかりと届いた。 何だ、と。先を促せば、雲雀が顔をこちらに向ける。刀のように鋭くて美しい目線だった。 「アナタが止めてって言うから仕方なく止めてあげたんだから、その代わりに僕のワガママもひとつくらい聞いてよ。」 「内容にもよるな。」 「もう一回縛ってあげようか。」 「…何だよ、そのワガママって。」 「30歳おめでとう。」 ドアを開けてそこにいた人物を目で捉えたにも関わらず、脳がいまいちそれに対しての反応を伝達してくれない。結果、取っ手を掴んだまま固まってしまっていると、 「何、三十路に入ったからって途端に体力が低下でもした?」 「……いやそりゃ確かに最近運動不足だけどまだまだ…って、そうじゃなくて!」 「そ。ならいいけど。」 どうにか動き出した脳だったが、それよりも早く、ディーノのベッド(そうここは寝室だ)に腰掛けていた雲雀が音を感じさせない動作で動いてとっととドアを閉めてしまった。 そしてこれまたとっとと元いた場所に戻ろうと雲雀が動き出しても、ディーノは未だ身動きが取れない。…でいるのを、雲雀が不審気に流し目をくれた。 「…ボケでも始まった?」 「―――…まだバリバリだ。」 「そ。別に面倒を見るのは構わないけどね。」 目を細めるその仕草にドキリとする。 異常な程色気が増している。ディーノは感嘆の息を吐いた。 「何。」 「いや、綺麗になったなって。」 「……………アナタってさ、前から何度も思ってたけど、鏡見たコトある?」 「何だよ、失礼な。毎日身だしなみはちゃんと、」 「…見飽きたってコトかな。」 でもボスは昔からそういうの無頓着だってアナタの部下言ってたし。 若干不服そうな雲雀にディーノも眉を顰める。…部下? 「まぁいいけど。スーツ、堅苦しいでしょ。脱がしてあげようか。」 「…自分で出来る。けど、いや、そうじゃなくてだな。お前そもそもどうしてここに、」 「不法侵入ではないと言っておくよ。」 「…………。」 部屋の主の許可が無い場合も不法侵入と言うのではないのか。 …とも思ったのだが、結局苦笑に止めた。 「久しぶり、だな。」 「そうだね。騒がしい所になんて行きたくもなかったから、仕方なくここで待たせて貰ったよ。」 「仕方なくってお前。」 「あと少しで日付も変わるね。…少し、勿体無いかな。随分と長引いたみたいだし後1分でも遅かったら会場を殲滅しに行くところだったよ。」 「……うちの屋敷で破壊行為は止めてくれ。」 他だったらいいの、と。雲雀の瞳はイタズラに輝いている。こういうところは変わってない。 「アナタが生まれた日の最後に会うのが僕っていうのも悪くないかもね。」 「何だそりゃ。」 「何だろうね。」 雲雀はどうやら、とても機嫌がいいらしい。 待ちぼうけを食らっていたというニュアンスであったので少しばかり意外だ。 「……なぁ。」 「何。」 「お前、何かあったのか?」 ネクタイを解きながら(これがどうしてだか中々うまくいかない)ディーノが疑問を口にすると、雲雀は一瞬少しだけ目を見開いたかと思えば次には呆れたようなそれに変わった。 「…何だよ。」 「アナタ、物忘れでも始まった?」 「おま、あのなぁ、」 「―――…いいけどね。」 やれやれといった表情でディーノの目の前まで距離を詰めてきた。 「な、に、」 「逆にこんがらがってるよ、それ。」 それ、とは勿論ネクタイだ。 話しながら解いてたからなぁとのディーノの言い分を聞く気も無いのか、器用な手が素早く伸びてきてあっさりと解いてくれる。 「ああ、わりぃ。ありがとうな。」 「―――…お礼は勝手に貰うよ。」 そう言って、雲雀はごく自然にディーノに唇を寄せてきた。 一瞬のコトで避けるコトも制止も出来なかったが、しかし猶予があったとしてもはたしてそれを実行したか。それを考えるとどうにも、分が悪いような気がしてならない。 ちゅ、と。可愛らしい音を立ててそれこそ簡単に離れた、が。 「物足りない顔してる。」 「ばか。そんなわけあるか。」 「そお?」 雲雀はやんわりと目を細めるとネクタイを傍にあったソファに投げた。 何だかなぁとディーノは思う。 雲雀は、当初ディーノが予想していた通り、今や世界を飛び回る超多忙な毎日を送るようになっていた。だからと言って縛られているわけではない。あくまで自由に、かつ己がままに。 あの頃に比べて随分と背も伸びた。前述したように色気も増した。 元々非常に整っていたし、経済力、財力、武力、全てにおいて申し分無い。 それこそ言い寄ってくる者は老若男女問わずいるだろう。実際そういった話を聞いたコトもある。 その度にディーノは諦めのような郷愁のような、複雑な気持ちに晒されたりしていた。 ……今回もまた。 確か財政界の大物にどうのこうの、とディーノは聞いていた。 聞いていたから今度こそと思っていたのだ。…今度こそ別れの時だろうと。 それなのにこの男と来たら、 「とっとと降参して僕のものになってしまえばいいのにね。」 「―――…お前、なぁ、」 こうやって毎年、決まってディーノの誕生日に姿を見せるのはディーノへのあてつけだ。 曰く、 「僕を甘く見たアナタが悪い。」 「……。」 否定は出来ない。 甘く見ていた。実際その通りだ。雲雀の気持ちを疑っていたわけではない。ただ雲雀のそれは世界を知らないからこその一時的なものだと高を括っていたのは事実なのだから。 世界を知っても尚、雲雀はこうしてディーノの前に姿を現す。 「ね、僕の気持ちはまだ変わっていないよ。」 してやったりといった笑顔だ。まったく。 だってまさか、8年も想われ続けるとは思ってもみなかった。 雲雀が出してきた『ワガママ』はこうだ。 『アナタが僕を受け入れないのはつまり、僕が年齢的にも経験的にも足りてないから。そう言いたいんでしょ。だったら試してみればいい。 …ああ、別にアナタは何かする必要は無いよ。敢えて言うなら待つコトくらいかな。 そう、待ってるだけでいい。そうだね。今アナタいくつだっけ。…そ、じゃあ僕が今のアナタの歳になるまで。それじゃまだ足りない?じゃああと2年付け足してあげる。それでどう?…何年?そうだね、あと10年くらいかな。 何、知らなかったの。そうだよ。 猶予もちゃんとあげる。僕の誕生日5月だから、その後のアナタの誕生日まで。…そう、僕が24になってから、8ヶ月。 ちょうどいい誕生日プレゼントになりそうだね。悪くない。 …何、………ふぅん、別に、どう思おうが勝手だけど、』 『――――…僕をあまり甘く見ない方がいい。』 10年経って、それでももし、雲雀の気持ちが変わっていなかったら。 その時は―――…、 (分が悪い。) ディーノはくらりと眩暈を感じる。 だって、そんなの、考えてもみなかった。 考えてもみなかった、でも全く期待しなかったわけではない、と、思っている時点で負けを認めているようなものだけれど。 「期待して待ってなよ。」 そんなディーノの思考を読んだわけではないだろうが、そう言われてしまうと非常に複雑だ。雲雀は鼻歌を歌いだしそうな程機嫌が良い。 何だよ。何でお前の方がそんな余裕そうで、俺がこんな切羽詰ってるんだ。 悔しいような何なような。ディーノはわしゃわしゃと頭を掻いた。 雲雀はまるで誘うように寝台の上に腰を下ろしている。座り心地の良いソファが傍にあるのにも関わらず、だ。 (…………直情的なトコは変わってないけど、な。) それでも堪え続けている雲雀はすごいと言っていいのか。この場合。 どっと考え疲れたディーノはスーツの上着とネクタイと取っただけという格好のままベッドにダイブする。とりあえず寝てしまった方がいいような気がする。 「皺になるよ。」 「どうせクリーニング出すし。」 「もっと皺になるようなコトしても大丈夫ってコト?」 「…………。」 皺だけじゃなくて汚れまでつきそうだ、とはさすがに言えない。確実にどう考えても墓穴だろう。ディーノは無言という鉄壁で正しい判断を取った。 今日は本当に嬉しかったり楽しかったり寂しかった…と思ったらやっぱり嬉しかったり動揺したり、色々と忙しかった。総合して言えば最高の1日だったけれども。 …その1日を締めくくる相手が雲雀というのもまた、それを上乗せしている。 口では決して言わないけれど。 「……疲れたの。」 「…んー…。」 雲雀のいる方とは逆向きに顔を向けて寝転がる。 こうして身体を倒すと本気で眠気が襲ってきた。…眠い。疲れもあるだろうが、傍にいて心地よいと思う相手がすぐそこにいるのだ。安心しきってしまうのも無理はない。ディーノはそう思っている。 「眠いの。」 「……ん…。」 「…そう。」 そうして髪を優しく梳かれる。 ディーノはもう振りほどくなんて微塵も思いつかず、そのまま気持ちよさにまどろむ。 ……どれくらい経っただろうか。 ディーノは眠っているのは確かなのだが、意識はある。そういう状態だった。 「………眠ったの。」 意識はあるが、身動きも声も自由にならない。だから心の中だけで起きてるよと答えてやる。 「……無防備な人。…アナタ、寝込みを襲われるって発想は無いの。」 昔一度されかけたくせに。 でもお前は結局止めたじゃないか。相変わらず声は出なかったが一応返す。 「日付が変わった。……ああ、一度しか言えてなかったね。おめでとうって。…お誕生日おめでとう。もう聞こえてないかな。」 聞こえてるよ。 表情がそれでも僅かに綻んだのがわかったのか、雲雀も小さく笑う気配があった。 「僕が心配してるのはね、自分の気持ちじゃない。アナタが誰かと……嫌だな、言葉にするのも我慢できない。アナタは約束を守る人だから、キチンと10年、待ってくれるんだろうけど、」 でも心配だよ。 そう言って吐かれる息は熱を帯びていた。 髪を撫でられる感触はそのまま、こめかみの辺りに柔らかい感触がする。 「……2年、あと、2年。」 熱を逃がすように、頬に、額に、瞼に……唇に、 「―――…あと2年。」 …ごめん、俺やっぱり、寝てる。 起きていてはいけない。これは雲雀がディーノにひた隠している熱情だ。 小さく呟かれるその言葉に胸を締め付けられる。 「……早く、僕のものになってね。せんせ。」 とっくにお前のものだ。 空気を揺らさない言葉の代わりに、そっと雲雀に擦り寄った。 まだ抱き寄せられないのはお互い様。 あと2年を、ふたりは指折り数えていく。 |
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